低出生体重児で産まれた次男と家族のきろく

妊娠21週4日で前期破水、32週0日で出産したことから今の日常生活の話。

12月突入。

今の病院に入院して早くも1ヶ月が経つ頃。

12月に入って季節も冬に変わってきていた。

 

かわりのない生活だったけど少しの移動は許可が出るようになった。

入院中のフロア内に診察室や相談室、談話室があるのですぐに病室に戻って来れる場所は移動しても良い事に…!

 

大部屋での生活は慣れたけど窓からは離れていたので外の様子とか全くわからなかった。

けど少し自分で移動できるようになって窓から見える景色がとても輝いていた。

 

 

談話室は電話OKだったので消灯前に旦那と電話するのが日課になっていった。

毎日電話でやり取りするなんて付き合っていた頃みたいだねって笑い合ったり、長男も電話で一生懸命お喋りしてくれた。何て事ない会話が楽しい。

 

面会にきてくれた時も談話室は小声じゃなくても大丈夫で家族でゆっくり過ごせた。

行動範囲は狭いけど最大限にさせてもらえていてハイリスク妊娠中だったけどストレスはかなり抑えられていたと思う。

このまま週数を伸ばしてクリスマスや年末年始も病院で過ごすのが目標だった。

エコー、性別は…?

24週以降、通常の妊婦健診と同じように2週間に1回のペースでエコーもみてもらって母子手帳の記録も埋まっていった。

 

エコーで少しずつ大きくなっているのがわかった。

長男の時もエコーは楽しみだったけど成長するのが当たり前だと思っていた。

いつも先生に「ここが頭で〜」と説明されるのも聞いていただけだった。

 

その時よりもエコーが特別に思えて赤ちゃんの成長が嬉しい。

頭の大きさとか顔がこっち向いてるとか先生と話しながら成長を感じられた。

 

 

性別を聞いたら長男の予想通り男の子!

お下がりもたくさんあるけど生まれた時におもちゃとかたくさんプレゼントしよう…!

 

 

 

 

 

シャワー解禁。

大部屋での入院生活は最初は落ち着かなかったけど1〜2週間ぐらいで慣れてきた。

 

それぐらいの時期も

体調に変化がなく落ち着いている。

羊水が少なくなっている中でも赤ちゃんの心音がずっと元気でいてくれている。

 

という事でシャワーが解禁になった。

やったー!!

 

それまでは体を拭くタオルと週に1〜2回、看護師さんに頭を洗ってもらえる日があっただけ。

(看護師さんには申し訳なかったけどシャンプーだけでもその時は嬉しかった!)

 

ベットで絶対安静でシャワー入れないと思ってたから嬉しかったけど解禁になった時は先生に思わず良いんですか!!と興奮気味に聞いてしまった。

 

シャワーが楽しみなだけで気分があがる。

気分転換になる。

こんな事も旦那にラインで報告して。

旦那は仕事、育児しつつシャンプーとかシャワーセットをすぐに持ってきてくれて本当に感謝しかなかった。

大部屋での過ごし方。

大部屋に移動してからも毎日の診察内容は一緒でMFICUの時と特に変わらず過ごしていた。

産婦人科病棟だったので同じフロアに入院しているのはほとんど妊婦さん。

 

大部屋に回診や看護師さんが来るので少し会話が聞こえてくる。

多分破水、羊水過少で入院しているのは私だけだろうな…。

朝の看護師さんに体調を聞かれる時、「羊水出てますか?」って聞かれるのは私だけだ。

 

皆、食器を下げたり、面会時に談話室に行ったりしている。

私は羊水が出来るだけ出ないようにベッドの上でずっと過ごすしかなかった。

少しでも動けるのが羨ましい。

 

 

相変わらず旦那と長男はよく面会に来てくれた。

大部屋であまり大きな声で話せなかったけどまだ4才だった長男も理解して小さな声で話してくれた。

 

この頃、長男がお腹の赤ちゃんは男の子だよと話していた。

性別が分かる時期ではあったけどまだ先生に聞けてなかった。

家族で男の子だったらどんな名前にする?って会話をよくしていてみんなでたくさん考えた。

決めた名前で皆でたくさん話しかけていた。

 

 

 

24週頃。MFICUから一般病棟へ。

陣痛がくることがなくMFICUに来て1週間以上過ぎた。

体調の変化のなく胎動もあって週数を伸ばすことができている。

MFICUの部屋は数が少ないので最大で2週間過ごしてそれ以上の入院は産婦人科の入院病棟に移動することになっていた。

(多分5〜6部屋ぐらいしかなかったのにここに入院できたのは本当に運が良かったと思う。)

 

個室も選べたけど長期入院で部屋代が怖かったので大部屋一択。

 

というか今いるMFICUの個室がかなり広くて設備が整っているけど1日いくら掛かっているんだろう…。

今いる病院の前に入院したところは個室代1日1万円で2日間入院で総額8万ぐらいかかっていた。貯金頑張っていたけどこういう時の為の貯金だ…!

 

 

お金の面で不安に感じながらもMFICUでは余計なストレスがなく過ごせた。

予定通りに2週間が経って週数24週になった頃に大部屋へと移動した。

楽しみな曜日。

入院中、1週間のうち日曜日と水曜日が1番楽しみだった。

 

日曜日は旦那と長男がいつも面会に来てくれた。

旦那は普段出張が多かったり家でも仕事をしている事が多かったけど時間を作ってきてくれていた。

旦那の会社の人もたくさんサポートしてくれてたんだと思う。

 

日曜日以外も仕事終わりに面会時間が間に合う時は来てくれる時もあった。

家から病院まで1時間ぐらいかかるから本当に大変だっただろうな。

面会中、旦那はうたた寝としている時もあった。

 

そんな寝顔を見る。

何気ない会話を家族とする。

なんて幸せなんだろう。と思った。

 

 

 

水曜日は週数が変わる日だった。

火曜日の夜は明日無事に目覚められるように願って寝ていた。

無事に目が覚めると真っ先に旦那に報告。

病院の先生や看護師さん達も週数が伸びると一緒に喜んでくれた。

 

まずは24週を目標に。毎日カレンダーを見ていた。

 

 

 

 

 

NICUへ…。②

ドラマのシーンとか想像でNICUの雰囲気ってもっと明るい部屋で小さめの赤ちゃんが過ごしていると思っていた。

少し成長して体調が安定したり、体が大きくなるとGCUに移動して明るい部屋で過ごすらしい。多分、自分の想像と似ているのはGCUの方だったと思う。

病院で教えてもらうまでGCUという言葉も初めて聞いた。

 

 

実際に見たNICUは本当に命を繋ぐ部屋という感じがして緊張が止まらない。

前向きな気持ちでいようと意識していたけど不安になってしまった。

 

 

ただNICUの先生や看護師さん達が凄く優しかった。

必死に小さい命を救おうとしているのがわかった。

 

 

 

出入口には卒業生のお手紙や写真も飾ってあった。

24週で生まれて今は元気に保育園に行っている子の写真もあった。

この子みたいに元気に育つ可能性もあるんだ。

 

でもまだ22週。

今生まれるとどうなるの?

 

不安になったままこの日は病室に戻った。